ソフトロボットに「感覚」を与える:主要なソフトセンシング技術入門
ソフトロボットの研究開発を進める上で、対象を動かす「アクチュエーション」と同様に重要なのが、対象の状態や外部環境を認識する「センシング」です。従来の剛体ロボットでは、硬い構造体に硬いセンサーを取り付けることが一般的でした。しかし、身体そのものが柔軟に変形するソフトロボットでは、従来のセンシング手法だけでは不十分な場合が多くあります。本記事では、ソフトロボットにおけるセンシングの重要性、特有の課題、そして主要なソフトセンシング技術について基礎から解説します。
ソフトロボットにおけるセンシングの重要性
ソフトロボットは、その柔らかさや柔軟性を活かして、未知の環境や複雑な形状の物体とのインタラクションを行います。安全な把持、狭い場所への進入、人間との協調作業など、ソフトロボットが得意とする多くのタスクにおいて、自身や周囲の状況を正確に把握する能力は不可欠です。
例えば、柔らかい物体を壊さずに掴むためには、どれくらいの力で触れているか、物体の形はどうかといった情報を得る必要があります。また、自身の身体がどの程度曲がっているか、あるいは外部からどのような力を受けているかを知ることで、より精密な制御が可能になります。これらの情報を得るために、ソフトロボットには「感覚」、すなわちセンシングの能力が求められます。
ソフトロボットのセンシングにおける課題
ソフトロボットにセンシング能力を持たせる際には、いくつかの特有の課題が存在します。
- 柔軟性・伸縮性との両立: ソフトロボットの身体は大きく変形したり伸縮したりします。センサー自体もこの変形に追従できる柔軟性や伸縮性を持っているか、あるいは変形の影響を受けにくい構造である必要があります。硬いセンサーを無理に取り付けると、ロボット本来の柔軟性を損なったり、センサーやロボットが破損したりする可能性があります。
- 柔らかい表面への統合: 多くのソフトロボットはエラストマーなどの柔らかい材料で構成されています。センサーをこれらの材料の表面に、あるいは内部に安定して、かつ性能を維持しながら統合する技術が求められます。
- 多様な物理量の検出: ソフトロボットは、接触力、圧力、歪み(変形)、温度、近接など、様々な物理量をセンシングする必要があります。これらの量を柔らかい構造上で、精度良く、かつ干渉なく検出することは容易ではありません。
- 信号処理: 柔らかいセンサーは、変形に伴って電気信号などが変化することが多いですが、非線形性やヒステリシスを持つ場合があります。これらの信号を安定して取得し、意味のある情報として処理するための適切なアルゴリズムが必要です。
これらの課題を克服するために、ソフトロボットの研究分野では、従来の硬いセンサーとは異なる、あるいはそれらを応用・発展させた独自のセンシング技術が開発されています。
主要なソフトセンシング技術の紹介
ここでは、ソフトロボットでよく用いられる主要なソフトセンシング技術のいくつかを紹介します。
抵抗変化型センサー
材料が変形する際に電気抵抗が変化する現象を利用したセンサーです。柔らかい材料に導電性のフィラー(炭素粒子やカーボンナノチューブなど)を分散させたり、導電性インクでパターンを印刷したりすることで作製されます。材料が伸びたり縮んだり、あるいは圧力を受けたりすると、内部の導電パスが変化し、それに伴い抵抗値が変化します。
- 原理: 材料の変形 → 導電パスの変化 → 電気抵抗の変化
- 利点: 比較的単純な構造で実現可能、伸縮性を持たせやすい、比較的安価に作製できる場合がある。
- 欠点: 非線形性やヒステリシスが大きいことがある、温度変化の影響を受けやすい場合がある。
- 応用例: ロボットの指先での接触圧検出、関節の曲がり具合(歪み)検出、伸縮可能なウェアラブルセンサー。
容量変化型センサー
電極間に挟まれた誘電体(絶縁体)の形状や誘電率が変化する際に、電極間の静電容量が変化する現象を利用したセンサーです。柔らかいエラストマーなどを誘電体として使用し、その上下に柔軟な電極(導電性布や金属薄膜、導電性インクパターンなど)を配置します。圧力が加わると誘電体の厚みが変化したり、面積が広がったりして容量が変わります。歪みによって電極間の距離や面積が変わることでも容量が変化します。
- 原理: 材料の変形(厚み・面積・距離の変化)→ 静電容量の変化
- 利点: 比較的感度が高い、応答速度が速いものがある、歪みや圧力など多様な物理量に対応可能。
- 欠点: 外部ノイズに弱い場合がある、静電容量の微小変化を正確に測定するための回路が必要。
- 応用例: タッチセンサーアレイ、触覚センサー、伸縮可能な歪みセンサー。
光ファイバーセンサー
光ファイバーをソフトロボットの内部や表面に配置し、ファイバー内を伝わる光の性質(強度、波長、位相など)の変化から変形や圧力を検出するセンサーです。光ファイバー自体は非常に柔軟であり、電磁ノイズの影響を受けにくいという特性があります。例えば、ファイバーが曲がると光の損失が増加することを利用したり、ファイバーグレーティング(周期的な屈折率の変化パターン)を組み込んで、変形による波長シフトを検出したりする方法(FBGセンサー)があります。
- 原理: 光ファイバーの変形 → 伝搬する光の性質(強度、波長など)の変化
- 利点: 電磁ノイズに強い、軽量、柔軟性が高い、分散センシング(1本のファイバーで複数の点の情報を得る)が可能な場合がある。
- 欠点: 信号処理に専用の装置が必要な場合がある、ファイバーの取り回しに注意が必要。
- 応用例: 長いアームやマニピュレーター全体の形状センシング、内視鏡ロボットの湾曲検出。
その他
上記以外にも、圧電効果を利用したセンサー(変形によって電圧が発生)、磁性体と磁気センサーを組み合わせたセンサー(変形による磁場変化を検出)、あるいは外部カメラでロボットの変形をトラッキングするビジョンベースのセンシングなど、様々なアプローチが研究されています。
ソフトセンシング技術選定と開発の考慮事項
どのソフトセンシング技術を選択するかは、検出したい物理量、必要な精度、ロボットの構造、開発コスト、耐久性など、様々な要因によって異なります。
- 検出したい物理量: 圧力、接触、歪み、温度など、何を測りたいかに応じて適した原理が異なります。
- 求められる性能: 応答速度、感度、精度、分解能などがアプリケーションの要求を満たすか検討が必要です。
- 統合方法: ロボットの構造にどのようにセンサーを組み込むか、表面貼付か内部埋め込みか、あるいは構造体そのものをセンサー化するか。
- 耐久性と信頼性: ロボットの使用環境(繰り返し変形、温度変化、湿度など)に対してセンサーがどの程度耐えられるか。
- 信号処理と制御系への統合: センサーから得られたアナログ信号をデジタル化し、ノイズを除去し、意味のある物理量に変換する処理が必要です。これをロボットの制御システムにどのように組み込むか。
これからソフトロボットのセンシングを学ぶ方は、まず基本的な抵抗変化型センサーや容量変化型センサーの原理を理解し、簡単な実験(例えば、導電性インクを使った曲げセンサーの作製と電気信号の変化の観測など)から始めてみるのが良いでしょう。
まとめ:学習への一歩を踏み出すために
ソフトロボットにおけるセンシング技術は、ロボットの機能や応用範囲を大きく広げる上で非常に重要です。柔らかい身体に「感覚」を持たせることは容易ではありませんが、抵抗変化、容量変化、光学的性質の変化など、様々な物理現象を巧みに利用することで実現されています。
本記事で紹介した技術はほんの一例であり、この分野は現在も活発に研究が進められています。これからソフトロボット開発を始める皆様は、これらの基礎技術を理解することから始め、実際に簡単なセンサーを作製したり、既存のソフトセンサーモジュールを試したりすることで、より深い知識と実践的なスキルを習得していくことができるでしょう。センシング技術をマスターすることは、より高性能で多機能なソフトロボットを実現するための重要なステップとなります。