安価な材料で始めるソフトロボット製作:身近なもので作る基本的なアクチュエータと構造
はじめに
ソフトロボットの研究開発を始めるにあたり、どのような材料やツールが必要なのか、どこから着手すれば良いのかといった疑問をお持ちの方もいらっしゃるかもしれません。特に、研究室の立ち上げ段階であったり、個人での試行錯誤から始めたいと考えたりする場合、高価な専門材料や精密な加工設備をすぐに用意することが難しいケースもあるでしょう。
しかし、ソフトロボットの基礎原理や挙動を理解するためのプロトタイピングは、必ずしも特殊な材料や複雑な工程を必要としません。身近にある安価な材料と基本的な工作ツールを活用することで、ソフトロボットの基本的な「柔らかさ」や「変形」のメカニズムを体験し、その可能性を探求することが可能です。
本稿では、これからソフトロボット開発に着手される方を対象に、安価かつ入手しやすい材料を用いた基本的なソフトアクチュエータおよび構造の製作方法と、それを用いた簡単な実験のアイデアについて解説します。これにより、ソフトロボットの概念をより具体的に理解し、研究開発の第一歩を踏み出すための一助となることを目指します。
安価な材料で始める利点
安価な材料を用いることには、いくつかの利点があります。
- コスト削減: 研究開発の初期段階や試行錯誤のフェーズでは、多くのプロトタイプを作成し、失敗から学ぶことが重要です。安価な材料であれば、材料費を気にすることなく様々なアイデアを試すことができます。
- 入手の容易さ: ホームセンターや文具店、あるいは日常的に手に入るものの中に、ソフトロボットの構成要素として活用できる材料が多く存在します。これにより、専門商社から材料を取り寄せる手間や時間を省くことができます。
- 基本的な原理の理解: シンプルな材料構成でプロトタイプを作成することで、ソフトロボットがどのように変形し、力を発生させるのかといった基本的な物理原理に焦点を当てやすくなります。複雑な材料特性や高度な加工技術に囚われず、本質的な挙動を観察できます。
- 創造性の促進: 入手可能な材料の制約の中で工夫することで、予期せぬ解決策やアイデアが生まれることもあります。
これらの利点を活かし、まずは手軽なプロトタイピングからソフトロボット開発に触れてみましょう。
手軽に試せる基本材料の例
ソフトロボットの基本的な構成要素となる「柔らかさ」や「変形」を実現するために、身近な場所で入手できる材料を以下に挙げます。
- シリコーンシーラント: 低コストで入手しやすいRTV(室温硬化型)シリコーンです。空気圧アクチュエータの外皮や、柔軟な接着剤として使用できます。硬化時間や硬さが製品によって異なるため、用途に合わせて選択します。
- ゴムシート、風船、ゴム手袋: 薄いゴム膜は空気圧や液圧で膨張・変形させるのに適しています。伸縮性のある素材として、様々な形状のアクチュエータの材料になります。
- ビニールチューブ、シリコーンチューブ、ストロー: 流体を供給する経路として使用できます。硬さや柔軟性の異なるものを選ぶことで、構造材としても利用可能です。
- テープ: 接着や補強、あるいは特定の箇所だけ変形を抑制するための構造要素として広く活用できます。粘着力や伸縮性の異なるものがあります。
- 紙、プラスチックシート: 折り紙構造や、特定のパターンで切り込みを入れることで変形を制御する構造体の材料となります。
- 注射器、手動ポンプ: 空気圧や液圧を供給するための簡易的な手段として利用できます。
- クランプ、クリップ: チューブの開閉による簡易的なバルブとして機能します。
これらの材料は、特別な設備がなくてもカッターナイフ、はさみ、接着剤などの基本的な工作ツールで加工可能です。
身近な材料で作る基本的なソフトアクチュエータ
上記の安価な材料を用いて、ソフトロボットの基本となるアクチュエータを試作するアイデアをいくつか紹介します。
空気圧による膨張・収縮を活用する
ソフトロボットのアクチュエータとして最も広く用いられる原理の一つが、空気圧による柔らかい構造体の膨張・収縮です。
- バルーン型アクチュエータ: 風船やゴム手袋の指の部分などをそのまま、あるいは複数のバルーンを束ねて使用します。チューブを取り付けて空気を送り込むと、バルーンが膨張し、その反力で周囲に力を及ぼしたり、自身が特定の方向に曲がったりします。複数のバルーンの膨張タイミングを制御することで、より複雑な動きも原理的には実現可能です。
- ソフトチューブ型アクチュエータ: シリコーンチューブやビニールチューブを特定のパターン(例えば、片面に伸びにくいテープを貼るなど)で加工し、空気圧を加えることで一方向に曲がるアクチュエータを作ることができます。チューブの長さや太さ、テープの貼り方などを変えることで、曲がる角度や力の出力を調整できます。
- 封筒型アクチュエータ: 2枚のゴムシートやシリコーンシートの間にチューブを挟み、周囲を接着して袋状にします。ここに空気圧を加えると、袋が膨らみ、シートが引き伸ばされることで力を発生させます。内部に特定の構造(例えば、折紙構造)を組み込むことで、膨張だけでなく、特定の形状に変形させることも可能です。シリコーンシーラントを型に流し込んで硬化させる方法でも製作できます。
熱や他の原理を応用するアイデア
空気圧以外にも、安価な材料でアクチュエーションの原理を試すことができます。
- 熱アクチュエータ: 形状記憶ポリマー(ただし、これはやや専門的な材料かもしれません)の代わりに、収縮率の高いプラスチックフィルムやゴムと抵抗線を組み合わせるアイデアが考えられます。抵抗線に電流を流して発熱させ、フィルムやゴムを加熱することで収縮・変形を引き起こすという原理です。ただし、発熱を伴うため、安全性には十分な配慮が必要です。
- 張力・ワイヤ駆動: ゴムシートや布などの柔軟な構造体に対し、ワイヤを張って引っ張ることで変形を制御する方法も単純ながら効果的です。ワイヤの代わりに釣り糸やタコ糸など、身近な材料で試すことができます。複数のワイヤを異なる箇所に取り付け、それぞれを引っ張ることで、多様な変形パターンを実現できます。
簡単な構造設計の考え方
ソフトアクチュエータ単体だけでなく、複数のアクチュエータを組み合わせたり、受動的な構造体と組み合わせたりすることで、意図した動きや機能を持つソフトロボット構造を作ることができます。
- 方向性の付与: 材料の異方性(例えば、布の織り目や、特定の方向に配向した繊維)を利用したり、アクチュエータの一部に伸びにくい補強材(テープや硬いシートなど)を貼り付けたりすることで、膨張・収縮を特定の方向に誘導し、曲げやねじれなどの動きを実現します。
- 複数の自由度: 複数のアクチュエータを並列または直列に配置し、それぞれを独立して駆動することで、より複雑な動き(例えば、多関節アームのような曲げと伸長)を実現します。
- 受動的なコンプライアンス: アクチュエータだけでなく、ばねやゴムなどの受動的な柔軟要素を組み合わせることで、外力に対する特定の応答特性(コンプライアンス)を持つ構造を設計できます。
試作と実験:動かしてみる
安価な材料で基本的なアクチュエータや構造体を試作したら、実際に動かしてみることが重要です。
- 空気圧供給: 注射器や手動ポンプ、あるいは自転車の空気入れなどを改造して、手動で空気圧を供給してみます。複数のアクチュエータを制御したい場合は、チューブの分岐や簡単なクランプによる開閉で手動制御を行います。
- 変形の観察: 作成した構造体が、空気圧の増減やワイヤの張力によってどのように変形するかを観察します。意図した動きが得られているか、どこが期待通りでないかを確認し、設計や製作方法を改善するヒントを得ます。
- 簡単なタスク: 作成したソフトロボット構造に簡単なタスク(例:軽い物を持ち上げる、ボタンを押す、障害物を避ける)を与えて、その性能を評価します。定量的な評価は難しくても、定性的に性能を把握することは可能です。
これらの実験を通じて、材料の特性、構造の挙動、アクチュエータの性能など、ソフトロボット開発の基礎を体感的に学ぶことができます。
次なるステップへ
安価な材料を用いた基本的なプロトタイピングでソフトロボットの感触を掴んだら、次のステップに進むことができます。
- より専門的な材料: 研究開発においては、より高性能なシリコーンゴム(Dragon Skinなど)、ポリウレタン、特殊な繊維強化材などが使用されます。これらの材料の特性を学び、目的に合わせた材料選定の知識を深めます。
- 加工技術: 3Dプリンティング、レーザーカッター、CNC加工機など、より精密で複雑な形状を作成するための加工技術を習得します。シリコーンキャスティングのより洗練された手法なども学ぶべき対象です。
- センシングと制御: 作成したソフトロボットを自動で動かすためには、センサで状態を計測し、マイコンなどを用いてアクチュエータを制御する技術が必要です。歪みセンサ、圧力センサなどのソフトセンシング技術や、空気圧バルブの電磁弁制御、プログラミングによるシーケンス制御やフィードバック制御などを学習します。
- モデル化とシミュレーション: 作成したソフトロボットの挙動を物理モデルとして記述したり、有限要素法(FEM)などのツールを用いて変形や応力を予測したりする技術は、より高度な設計や制御に不可欠です。
これらの専門的な知識や技術は、本サイトの他の記事でも解説されていますので、ぜひ参考にしてください。
まとめ
ソフトロボットの研究開発は、高価な設備や材料がなければ始められないというわけではありません。安価で身近な材料を用いることで、基本的なソフトアクチュエータや構造体を製作し、その原理と挙動を体感的に学ぶことができます。
本稿で紹介したアイデアを参考に、まずは手を動かして簡単なプロトタイプを作成し、実際に動かしてみることから始めてみてください。そこから得られる経験は、その後のより高度な研究開発を進める上での貴重な基盤となるはずです。
ソフトロボット開発ガイドでは、皆様の研究開発をサポートするための様々な技術情報やツール、コミュニティに関する情報を提供しています。ぜひ他の記事もご参照いただき、皆様のソフトロボット開発にお役立てください。