初めてのソフトロボットプロトタイピング:3Dプリンティング活用の基礎
ソフトロボットの研究開発を進める上で、アイデアを迅速に形にするプロトタイピング技術は非常に重要です。様々な製造方法がありますが、近年、3Dプリンティングはその柔軟性と手軽さから、ソフトロボット開発においても有効なツールとして広く利用されています。この技術は、複雑な形状を比較的容易に作成できるため、柔らかさや変形を活かしたソフトロボット特有の構造体や、それらを駆動・制御するための周辺部品の試作に特に力を発揮します。
ソフトロボット開発における3Dプリンティングの利点
3Dプリンティングを活用することで、ソフトロボット開発の様々な段階で恩恵が得られます。主な利点は以下の通りです。
- 迅速なイテレーション: 設計変更をすぐに試作に反映させ、性能評価と改良を繰り返すサイクルを高速化できます。
- 複雑形状の実現: 従来の切削加工などでは困難な、内部流路を持つ中空構造や一体成形された柔軟なヒンジ構造などを実現可能です。
- カスタマイズ性: 特定のアプリケーションや身体部位に合わせたカスタム形状のロボット部品を容易に作成できます。
- 材料の多様性: 後述する柔軟性の高いフィラメントだけでなく、硬質なフィラメントも組み合わせて使用することで、複合的な特性を持つ構造体を作成できます。
これらの利点は、特に試行錯誤が欠かせないソフトロボットの研究開発において、効率的なアプローチを可能にします。
ソフトロボットに適した3Dプリンティング方式
いくつかの3Dプリンティング方式が存在しますが、ソフトロボットのプロトタイピングにおいてよく用いられる主な方式とその特徴を解説します。
- FDM (Fused Deposition Modeling) / FFF (Fused Filament Fabrication): 熱溶解積層方式とも呼ばれます。フィラメント状の樹脂を加熱して溶かし、ノズルから押し出しながら一層ずつ積み重ねて造形します。比較的安価な装置が多く、柔軟なフィラメント(TPU, TPEなど)が利用可能なため、ソフトアクチュエータ本体や柔軟な構造部品の直接造形に適しています。ただし、積層痕が残りやすく、細かい内部構造の造形には限界がある場合があります。
- SLA (Stereolithography) / DLP (Digital Light Processing): 光造形方式とも呼ばれます。液状の光硬化性樹脂に紫外線を照射して硬化させながら積層します。FDMに比べて高精度で表面が滑らかな造形が可能ですが、使用できる材料が限定されることや、造形後の洗浄・二次硬化が必要になる手間があります。柔軟性を持つレジンも存在するため、精密な柔軟構造や型の製作に用いられることがあります。
ソフトロボットの試作においては、柔軟な材料を直接使用できるFDM方式が導入しやすく、最初のステップとして適している場合が多いです。
ソフトロボット向け3Dプリンティング材料
主にFDM方式で使用される、ソフトロボット開発で考慮すべき材料について説明します。
- 柔軟性フィラメント(TPU, TPEなど): これらの熱可塑性エラストマーは、ゴムのような柔軟性と弾力性を持ちます。空気圧や油圧によって変形するソフトアクチュエータ本体を直接印刷したり、ロボットハンドの指先など柔らかさが必要な部位に使用されます。フィラメントの硬さ(ショア硬度で表記されることが多い)によって様々な柔軟性が選択可能です。ただし、これらの材料は印刷がやや難しく、ベッドへの定着や糸引き防止などの調整が必要になることがあります。
- 硬質フィラメント(PLA, ABSなど): ソフトロボットの構造フレームや、流路接続ポート、センサ取り付け部など、剛性が必要な部分に使用されます。また、シリコーンキャスティング用の型を製作する際にもよく用いられます。PLAは比較的印刷が容易で、ABSはより強度や耐熱性に優れますが、反りやすい傾向があります。
- サポート材: 複雑な形状を印刷する際に、オーバーハング(空中に突き出す部分)を支えるために使用される材料です。水溶性サポート材(PVAなど)を使用すると、印刷後に水で溶かすだけで除去できるため、複雑な内部流路を持つ構造体の製作に特に有効です。
用途に応じてこれらの材料を使い分けることや、場合によっては一つの構造体内で複数の材料を組み合わせることが、ソフトロボットの性能を引き出す上で重要になります。
ソフトロボットにおける3Dプリンティング設計のポイント
3Dプリンティングの特性を理解し、ソフトロボットに適した設計を行うためのいくつかのポイントがあります。
- 積層方向の考慮: FDM方式では、積層方向に沿って強度が低下する傾向があります。アクチュエータの伸縮方向や応力がかかる方向に合わせて積層方向を検討することで、破損を防ぎ性能を向上させることができます。
- 壁の厚みと内部構造: 空気圧などで駆動する場合、内部圧力に耐えられる十分な壁の厚みが必要です。また、複雑な内部流路やチャンバーを設計する際は、サポート材の配置や除去の容易さも考慮に入れる必要があります。
- 一体成形と部品分割: 可能な限り部品を一体で印刷することで、組み立ての手間を省き、接着箇所を減らしてリークのリスクを低減できます。ただし、造形サイズやサポート材の制約から、複数の部品に分割して印刷し、後で接合することも一般的です。
- フィラメントの柔軟性に応じた設計: 柔軟なフィラメントを使用する場合、その柔らかさを前提とした設計が必要です。例えば、薄肉で蛇腹構造にすることで大きく伸縮するようにしたり、複数の硬さのフィラメントを組み合わせて特定の部位だけを柔らかくする設計などが考えられます(ただし、複数材料印刷には対応プリンタが必要です)。
簡単な実践例:空気圧ベローズ型アクチュエータの印刷
FDM方式と柔軟フィラメント(TPU)を用いた、最もシンプルな空気圧ソフトアクチュエータの一つであるベローズ型アクチュエータの印刷を例に、基本的なプロセスを示します。
- CADソフトウェアでの設計: ベローズ形状(波打った筒状)のアクチュエータを設計します。一端を閉じた中空構造とし、空気圧を注入するためのポートを設けます。壁の厚みやベローズのピッチ・深さを調整することで、伸縮量や応答性を変化させることができます。
- スライサーソフトウェアでの設定: 設計した3DモデルデータをSTLなどの形式でエクスポートし、スライサーソフトウェア(Cura, PrusaSlicerなど)に読み込みます。フィラメントの種類(TPU)、ノズル温度、ベッド温度、印刷速度、積層ピッチ、サポート材の有無などの設定を行います。TPUは印刷速度を遅めに設定するのがコツです。内部が中空のため、インフィル(内部充填率)は0%とします。必要に応じてサポート材を生成します。
- 3Dプリンタでの印刷: 設定完了後、スライサーソフトウェアから出力されたGコードファイルを3Dプリンタに読み込ませて印刷を開始します。ベッドへの定着が重要なので、ビルドプレートの種類や設定(例: ヒートベッド、ノリやマスキングテープの使用)を調整します。
- 後処理: 印刷が完了したら、造形物をベッドから取り外し、必要に応じてサポート材を除去します。サポート材が内部に残らないように注意が必要です。
印刷したアクチュエータにチューブを接続し、ポンプやシリンジで空気を注入することで、設計通りに変形するかを確認できます。この基本的なプロセスを通じて、3Dプリンティングによるソフトアクチュエータ製作の感覚を掴むことができます。
まとめ
3Dプリンティング技術は、ソフトロボットのプロトタイピングにおいて、アイデアを迅速かつ柔軟に実現するための強力なツールです。適切な方式、材料、設計のポイントを理解し活用することで、研究開発の効率を大きく向上させることが期待できます。
初めての試みとしては、まず安価なFDMプリンタとTPUフィラメントを用いて、簡単な空気圧アクチュエータや構造部品の印刷から始めることをお勧めします。設計と印刷設定の試行錯誤を通じて、3Dプリンティングがソフトロボット開発にもたらす可能性を体感できるでしょう。他の製造方法と組み合わせることで、さらに複雑で高性能なソフトロボットの実現に近づくことができます。
この技術は日々進化しており、新しい材料や印刷方式も登場しています。最新の情報を参照しつつ、積極的に活用を検討してみてください。