ソフトロボットのための空気圧システム構築:基礎とコンポーネントの選び方
ソフトロボットの研究開発において、空気圧は最も一般的で強力な駆動方式の一つです。空気圧ソフトアクチュエータは、軽量で柔軟性に富み、比較的大きな力を発生させることが可能であるため、多様なアプリケーションで活用されています。しかし、空気圧システムを構築するためには、アクチュエータそのものだけでなく、空気源からアクチュエータに至るまでの様々なコンポーネントを適切に組み合わせる必要があります。本記事では、ソフトロボットのための基本的な空気圧システム構成要素と、それらを選定する際の基礎的な考え方について解説します。
なぜ空気圧システムが必要か
ソフトロボット、特に空気圧駆動型のアクチュエータ(例:PneuNet、MCKIAA、バルーン型アクチュエータなど)を動作させるためには、圧力のかかった空気を供給し、その流量や方向を制御する必要があります。この一連の機能を担うのが空気圧システムです。電気的な信号や機械的な入力では直接ソフトアクチュエータのしなやかな変形を効率良く実現することが難しいため、流体圧(特に空気圧)が多用されます。
空気圧システムの基本的な構成要素
一般的な空気圧システムは、主に以下の要素から構成されます。
- 空気源 (Air Source): システム全体に圧力を供給する源です。
- 圧力調整器 (Pressure Regulator): 空気源からの圧力を、システムやアクチュエータが必要とする一定の圧力に調整します。
- 方向制御弁 (Directional Control Valve): 空気の流れの方向を切り替えることで、アクチュエータの動作(膨張、収縮、静止など)を制御します。
- 配管・継手 (Tubing and Fittings): コンポーネント間やアクチュエータへ空気を輸送するためのチューブや、それらを接続する部品です。
- 排気口 (Exhaust Port): アクチュエータ内の空気を排出するための経路です。これは通常、方向制御弁の一部として機能します。
- アクチュエータ (Actuator): 圧力エネルギーを機械的な運動や力に変換する部分です。ソフトロボットにおいては、ポリマー製の柔軟な構造体などがこれに該当します。
さらに、システムによっては、空気清浄化のためのフィルタ、圧力変動を吸収するアキュムレータ、流量を調整する流量制御弁(フローコントロールバルブ)、圧力を監視する圧力センサや圧力計などが追加されることがあります。
各コンポーネントの役割と選び方
1. 空気源
- 役割: システムに必要な圧縮空気を供給します。
- 種類と選び方:
- エアコンプレッサー: 一般的な選択肢です。供給できる圧力(MPaまたはpsi)と流量(L/minまたはCFM)で選定します。ソフトロボットの場合、必要な圧力は比較的低い(〜0.3 MPa程度)ことが多いですが、同時に多数のアクチュエータを速く動かす場合はより大きな流量が必要になります。研究室の設備状況や騒音レベル、設置スペースも考慮します。
- 加圧されたボンベ: 一定量の高圧空気を供給できますが、容量に限りがあり、ランニングコストが高くなる場合があります。移動体ロボットなど、小型・軽量化が求められる場合に検討されることがあります。
- 簡易ポンプ: 非常に小型のアクチュエータや低圧での実験に限定される場合があります。
2. 圧力調整器 (レギュレーター)
- 役割: 空気源からの変動する高い圧力を、アクチュエータが必要とする一定の低い圧力に安定させます。
- 種類と選び方:
- 手動レギュレーター: ダイヤルなどで手動で出力を設定します。最も一般的で安価です。
- 電空レギュレーター: 電気信号(電圧や電流)によって出力圧力を制御できます。フィードバック制御を行う場合に便利ですが、高価になります。
- 選定時には、必要な圧力範囲、最大流量、調整精度、ポートサイズを確認します。通常は空気源の最大圧力よりも高い入力圧力に対応できるものを選びます。
3. 方向制御弁 (バルブ)
- 役割: 空気の流れの経路を切り替えることで、アクチュエータへの給気・排気を制御します。ロボットの動作を直接的に制御する重要な要素です。
- 種類と選び方:
- ポート数と位置数:
- 2方弁: 2つのポート、2つの位置(開/閉)。空気の供給/遮断に使用。
- 3方弁: 3つのポート(入力、出力、排気)、2つの位置。単動アクチュエータ(一方向にだけ空気圧で動く、逆方向はバネや重力など)の制御に多い。ソフトアクチュエータは多くの場合このタイプで駆動されます。
- 5方弁: 5つのポート(入力、出力A、出力B、排気A、排気B)、2つの位置。複動アクチュエータ(両方向に空気圧で動く)の制御に多い。
- 作動方式:
- 電磁弁: 電気信号でバルブを開閉します。マイコンなどでの自動制御に適しています。直流(DC)または交流(AC)のコイル電圧、消費電力、応答速度、デューティサイクル(連続使用可能かなど)で選定します。ソフトロボットでは応答速度が重要になる場合があります。
- 手動弁、機械弁、空圧作動弁などもありますが、ロボット制御では電磁弁が一般的です。
- 選定時のポイント: 必要な圧力範囲、流量(Cv値などで示される)、応答速度、電圧、消費電力、耐久性、サイズ、価格を比較検討します。多数のアクチュエータを制御する場合は、マニホールド(複数のバルブを取り付けるためのベース)を使用すると配管が整理できます。
- ポート数と位置数:
4. 配管・継手
- 役割: 各コンポーネント間およびアクチュエータへの空気の輸送経路を確保します。
- 種類と選び方:
- チューブ: ポリウレタン、ナイロン、ポリエチレンなどが一般的です。必要な圧力に耐えられるか、柔軟性(特に可動部)、外径・内径、使用温度範囲を確認します。ソフトロボットでは柔軟性が高いポリウレタンチューブが多く使用されます。外径はφ4mm、φ6mmなどがよく使われます。
- 継手: チューブとコンポーネントを接続します。ワンタッチ継手(プッシュイン継手)が着脱が容易で便利です。ネジサイズ(R, Rc, NPTなど)とチューブの外径を合わせて選定します。L型、T型などの形状があります。
- 選定時のポイント: システムの圧力、必要な流量(内径)、可動部の有無、接続の容易さ、リークしにくさなどを考慮します。適切なサイズのチューブと継手を選ぶことが、圧力損失を防ぎ、システムの性能を維持するために重要です。
システム構築の例
最も基本的な空気圧システムは、空気源 → レギュレーター → 方向制御弁 → アクチュエータ という構成になります。複数のアクチュエータを個別に制御したい場合は、レギュレーターの下流に複数の方向制御弁を並列に配置し、それぞれの弁から個別のアクチュエータへ配管します。
例:単一ソフトアクチュエータを膨張・収縮させるシステム エアコンプレッサー → レギュレーター → 3方電磁弁 → ソフトアクチュエータ
例:2つのソフトアクチュエータを個別に膨張・収縮させるシステム エアコンプレッサー → レギュレーター → 3方電磁弁A + 3方電磁弁B → ソフトアクチュエータA / ソフトアクチュエータB (この場合、電磁弁AとBは並列に接続されます)
構築上の注意点
- リーク対策: 空気漏れ(リーク)はシステムの性能低下や空気源への負担増大を招きます。継手の選定やチューブのカット面をきれいにすること、適切に奥までチューブを差し込むことなどが重要です。シールテープや液体シール剤を使用する場合もありますが、ソフトロボットの低圧系ではワンタッチ継手の適切な使用が基本です。
- 圧力安全: システムの最大圧力を把握し、各コンポーネントやアクチュエータがその圧力に耐えられるかを確認します。特にアクチュエータは破裂のリスクがあるため、過加圧を防ぐための安全弁(リリーフバルブ)や、制御ソフトウェアによる圧力上限設定が重要です。
- 配管: 長すぎたり細すぎたりする配管は圧力損失を招き、アクチュエータの応答性を低下させます。可能な限り短く、適切な内径のチューブを使用することが望ましいです。
まとめ
ソフトロボットの空気圧システム構築は、空気源、圧力調整器、方向制御弁、配管・継手といった基本的なコンポーネントの適切な組み合わせと選定から始まります。本記事で紹介した各コンポーネントの役割と選び方の基礎を理解することが、意図した性能を持つソフトロボットを実現するための第一歩となります。
実際にシステムを構築する際には、使用するソフトアクチュエータの種類や必要な動作、応答速度、発生させたい力などを考慮し、各コンポーネントの仕様(圧力、流量、応答速度など)を比較検討することが重要です。また、システム全体のコストやサイズ、メンテナンス性も選定基準に含めると良いでしょう。
これらの基礎知識を元に、実際に空気圧システムを構築し、ソフトアクチュエータを駆動させる経験を積むことが、ソフトロボット開発スキルを習得する上で非常に有益です。