ソフトロボット製造に不可欠な型(モールド)技術の基礎:設計と実践
ソフトロボット製造における型(モールド)の重要性
ソフトロボットは、その柔軟性や適応性を活かすために、多くの場合、柔らかい材料を用いて製造されます。特にシリコーンのようなエラストマー材料を用いたキャスティング(鋳造)は、複雑な形状を持つソフトアクチュエータやソフトセンサ、あるいはロボット全体の構造を一体的に作成する上で一般的な手法です。
このキャスティング工程において、材料を流し込み、目的の形状を作り出すために不可欠となるのが「型(モールド)」です。型の品質や設計は、出来上がるソフトロボットの形状精度、表面品質、内部構造の忠実性、そして製造の歩留まりに直接影響します。優れた型技術を習得することは、高性能なソフトロボットを効率的に製造するための基盤となります。
本記事では、これからソフトロボットの研究開発を始める方に向けて、ソフトロボット製造、特にキャスティングに用いる型の基本的な役割、設計原則、製作方法、材料選定、そして実践上の注意点について解説します。
型の役割と基本的な種類
型は、液状の材料を流し込み、硬化させることで、所望の形状を正確に転写するために使用されます。ソフトロボット製造で用いられる型は、主に以下の種類に分けられます。
- 単体型(Open Mold): 片側が開いているシンプルな型です。平板状の構造や、片面が平坦な部品の製作に適しています。開口部から材料を流し込み、硬化後に取り出します。構造が単純で製作しやすい利点がありますが、複雑な立体形状の製作には向いていません。
- 合わせ型(Closed Mold / Two-Part Mold): 複数(通常は二つ以上のパーツ)の型を組み合わせて閉じた空間を作り、その空間に材料を流し込む方法です。これにより、複雑な立体形状や中空構造を持つ部品を一体成形することが可能です。ソフトロボットのアクチュエータなど、内部に空気圧経路やセンサなどを組み込む場合に広く用いられます。型の各パーツの合わせ面の精度が重要になります。
- 多層型(Multi-layer Mold): 複数の材料や構造を積層して一体化させる場合に用いられる型です。異なる材料を順番に流し込んだり、補強材や機能部品(例: 電極、センサ)を挟み込んだりしながら積層することで、複雑な機能を持つソフトロボット構造を作り出すことができます。
これらの基本的な型を、製造するソフトロボットの形状や機能に応じて適切に選択、設計することが重要です。
型設計の基本原則
目的のソフトロボットを高品質に製造できる型を設計するためには、いくつかの基本原則を考慮する必要があります。
形状の忠実性と精度
型は、設計データ(CADモデルなど)で定義されたソフトロボットの形状を可能な限り忠実に再現する必要があります。特に、アクチュエータのチャンバー形状や、センサを埋め込むための溝などは、その後の性能に直結するため、高い精度が求められます。
抜き勾配(Draft Angle)
型から硬化した材料をスムーズに取り出すために、抜き勾配を設定することが一般的です。抜き勾配とは、型の側面に対してわずかに傾斜を持たせることです。テーパーがきついほど抜きやすくなりますが、形状の精度や機能に影響しない範囲で適切な角度を設定します。ソフトな材料の場合、ある程度変形させて抜くことも可能ですが、複雑な形状や脆い部分がある場合は抜き勾配が有効です。
ベント(Vent)とゲート(Gate)
材料を流し込む際に、型内の空気を逃がすための経路をベントと呼びます。空気が完全に排出されないと、製品内部に気泡が残ったり、キャビティ(型内の空間)の隅々まで材料が行き渡らなかったりする原因となります。空気溜まりができやすい箇所に効果的なベントを設けることが重要です。 材料を流し込む入口をゲートと呼びます。ゲートの位置や数は、材料が型内に行き渡る経路や、内部に発生する気泡の挙動に影響を与えます。
材料の収縮
シリコーンなどのエラストマー材料は、硬化する際にわずかに収縮することがあります。設計段階でこの収縮率を考慮し、型のサイズを調整することで、最終的な製品の寸法精度を高めることができます。材料メーカーが提供するデータや、予備的なキャスティング実験で収縮率を確認すると良いでしょう。
内部構造との干渉
空気圧経路となる中空チャンバー、センサを配置する溝、補強用の繊維などを型内に配置する場合、これらの内部構造がキャスティングプロセス中にずれたり、型に貼り付いたりしないように考慮した設計が必要です。サポート構造を設けたり、適切な固定方法を検討したりします。
型製作の方法と材料選定
型を製作する方法はいくつかあり、それぞれに適した材料があります。
3Dプリンティング
最も手軽で柔軟な方法の一つです。複雑な形状の型や、頻繁に設計変更を行う試作段階に適しています。 * 材料: SLA/DLP方式のレジン、FDM方式のPLAやABSなどが一般的に用いられます。シリコーンの硬化阻害を起こさないか、熱に強いかなどを考慮して材料を選びます。 * 利点: 複雑な形状を比較的簡単に製作できる、設計変更が容易、試作コストを抑えられる。 * 欠点: 積層痕が残る場合がある(表面品質に影響)、材料によっては耐久性や耐熱性が低い、シリコーンとの相性確認が必要。
切削加工(CNC Milling)
高精度な型を製作する場合に用いられます。特に、繰り返し製造を行う場合や、表面品質が重要な場合に適しています。 * 材料: アクリル、アルミニウム、真鍮などがよく用いられます。 * 利点: 高精度な型を製作できる、耐久性が高い、滑らかな表面が得られる。 * 欠点: 製作コストが高い、複雑な形状の加工には限界がある、加工機材が必要。
手作業
粘土やモデリングコンパウンド、あるいはシリコーン自体を用いて手作業で型を製作する方法です。 * 材料: 油粘土、プラスタリン、型取り用シリコーンなどが用いられます。 * 利点: 特殊な道具が不要、低コストで始められる、ラフな試作や一点物の製作に適している。 * 欠点: 精度が出しにくい、繰り返し使用には向かない場合が多い。
型材料を選定する際は、以下の点を考慮します。 * キャスティング材料との相性: シリコーンの場合、プラチナ硬化型シリコーンは特定の材料(硫黄、アミン、錫などを含むもの)に接触すると硬化不良(インヒビション)を起こすことがあります。型材料が硬化阻害物質を含まないか確認が必要です。 * 耐久性: 繰り返し使用する場合は、型の耐久性が重要になります。 * 耐熱性: シリコーンの硬化温度や、その後のアニーリング処理の温度に耐えられるかを確認します。 * 離型性: 硬化したシリコーンが型に貼り付かず、スムーズに取り出せるか。必要に応じて離型剤(例: 石鹸水、専用スプレー)を使用します。 * コストと入手性: 予算と入手の容易さも重要な判断基準です。
具体的な製作プロセス例:簡単な空気圧チャンバーの合わせ型
ここでは、シンプルな空気圧チャンバーを持つソフトアクチュエータの型製作を例に、プロセスを概説します。
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CADによるモデル設計:
- ソフトアクチュエータ本体の形状を設計します。中空になるチャンバー部分もモデリングします。
- このアクチュエータ形状を囲むように、合わせ型となる2つのパーツ(上型、下型)を設計します。
- チャンバー部分に対応する凸部と凹部を、それぞれ上型と下型に配置します。これにより、型を合わせたときにチャンバー形状の空間が生まれます。
- 型を正確に位置合わせするためのガイドピンやキーを設定します。
- 材料の注入口(ゲート)と空気抜きのベントを設計します。
- 型からの抜きやすさを考慮して、抜き勾配が必要か検討します。
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型の製作方法の選択と製作:
- 例えば、3Dプリンター(SLA方式など)を用いて設計した上型と下型をそれぞれ出力します。
- 出力後、サポート材を除去し、必要に応じて表面を研磨して滑らかにします。特に、シリコーンが接触するキャビティ表面は重要です。
- 型材料によっては、シリコーンとの硬化阻害を防ぐために、洗浄や後処理(例: UV硬化後の二次硬化、ベーキング)が必要な場合があります。
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型の準備:
- 製作した型パーツを洗浄し、乾燥させます。
- シリコーンの貼り付きを防ぐため、必要であればキャビティ表面に薄く離型剤を塗布またはスプレーします。
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キャスティング:
- 型の下型にシリコーン材料の一部を流し込みます。
- もし内部構造(例: 空気圧供給チューブ)を組み込む場合は、この段階で所定の位置に配置します。
- 上型を正確に位置合わせしながら重ね合わせ、クランプなどで固定します。
- ゲートから残りのシリコーン材料を流し込み、ベントから空気が抜けることを確認します。
- バキュームデガッサーを用いて、型内の気泡を除去するとより高品質な製品が得られます。
- 指定された時間と温度でシリコーンを硬化させます。
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脱型と後処理:
- シリコーンが完全に硬化したら、型を慎重に分解し、製品を取り出します。
- 製品に残ったバリ(余分な材料)をトリミングします。
- 必要に応じて、製品の機械的特性を安定させるために、アニーリング(ポストキュア)を行います。
製作上の注意点とトラブルシューティング
- 型の表面品質: 型のキャビティ表面に傷や積層痕があると、そのまま製品表面に転写されます。滑らかな表面が必要な場合は、型製作後の研磨や、より精度の高い製作方法(切削など)を検討します。
- 型合わせの精度: 合わせ型の場合、型パーツの間に隙間があると、そこに材料が漏れ出しバリの原因となります。位置合わせピンの活用や、高精度な製作が重要です。
- 気泡の混入: 材料の混合時や型への流し込み時に気泡が混入しやすいです。バキュームデガッシングは非常に有効な手段です。また、材料をゆっくりと流し込み、型の低い位置から満たしていくようにすると気泡を巻き込みにくくなります。
- 硬化不良: 前述の通り、プラチナ硬化型シリコーンは硬化阻害物質に敏感です。型材料だけでなく、混ぜ合わせる顔料や添加剤にも注意が必要です。予備的な少量でのテストキャストは有効な確認方法です。
- 脱型の困難さ: 型からの取り出しが難しい場合は、抜き勾配が不足しているか、離型剤が不十分である可能性があります。型を冷やすとシリコーンが硬くなり抜きやすくなる場合もありますが、無理に引っ張ると製品が破損することがあります。
まとめ
ソフトロボット製造において、型(モールド)は材料特性を活かし、複雑で機能的な形状を実現するための基盤となる技術です。型の設計においては、目的の形状精度に加え、抜きやすさ、気泡の除去、材料の収縮といった製造プロセス上の課題を考慮することが重要です。
本記事で概説した基本原則や製作方法を参考に、まずはシンプルな形状の型製作から実践を始めてみてください。3Dプリンターなどの身近なツールを活用し、実際に手を動かす中で、様々な形状に対する型設計のノウハウや、材料との相性といった実践的な知識が蓄積されていくはずです。型技術の向上は、ソフトロボット開発の可能性を広げる一歩となるでしょう。