ソフトロボット製造の基礎:シリコーンキャスティングによる形状作成
ソフトロボットの研究・開発を始めるにあたり、その柔軟な身体をどのように実現するかは、多くの方が最初に直面する課題の一つです。ソフトロボットの大きな特徴である「柔らかさ」は、従来の剛体ロボットにはない多様な機能や応用を可能にしますが、その形状や機能を持った身体を実際に作り出す製造プロセスには、特有の知識と技術が求められます。
数あるソフトロボットの製造手法の中でも、シリコーンなどのエラストマー(ゴムのように弾力のある材料)を用いたキャスティング(鋳込み成形)は、比較的シンプルな原理で様々な形状を実現できる基本的な手法として広く用いられています。特に、複雑な内部構造を持つ空気圧アクチュエータや流体チャンネルなどを一体成形するのに適しており、多くの研究開発の現場で採用されています。
本記事では、ソフトロボット製造の基礎として、シリコーンキャスティングの原理、必要な材料、具体的な手順、そして実践におけるヒントや注意点について解説します。
シリコーンキャスティングとは
シリコーンキャスティングとは、液体状のシリコーンゴムと硬化剤を混合し、用意した型(モールド)に流し込んで硬化させることで、型の形状を材料に転写する製造手法です。加熱を必要としない常温硬化性のシリコーンが主に用いられます。
この手法の大きな利点は、比較的安価な材料とツールで始められる点、細部まで忠実に形状を再現できる点、そして複数の部品を接合することなく一体で製造できる点です。特にソフトロボットにおいては、材料本来の柔らかさや伸縮性を活かした構造を、気密性や耐久性を保ったまま実現するために重要な手法と言えます。
一方で、型の作成が必要になること、材料の混合や脱泡が不十分だと製品に気泡が混入しやすいことなどが課題として挙げられます。
シリコーンキャスティングに必要な材料とツール
シリコーンキャスティングを行うために必要となる基本的な材料とツールは以下の通りです。
材料
- シリコーンゴム: ソフトロボット用としては、常温硬化性の付加反応型(プラチナ触媒)シリコーンがよく用いられます。硬化後の硬さ(デュロメータ硬度)や粘度、硬化時間など、用途に応じて様々な種類があります。研究用途では、透明性が高く気泡の確認が容易なものが便利です。
- 硬化剤: シリコーンの種類に合わせた専用の硬化剤が必要です。混合比率が正確でないと、適切に硬化しなかったり、物性が変化したりします。
- 離型剤: シリコーンが型に貼り付くのを防ぐために使用します。シリコーン用として市販されているスプレータイプや液体タイプがあります。型の材料によっては不要な場合もあります。
- 着色剤(任意): 必要に応じてシリコーン用の着色剤を少量加えることで、製品に着色できます。
ツール
- 型(モールド): 製品の形状を反転させたものです。アクリル、プラスチック、金属、3Dプリント樹脂など、様々な材料で作成できます。シリコーンが貼り付かない材料を選定するか、離型処理が必要です。複数の部品を組み合わせることで複雑な形状の型を作成します。
- 計量器: シリコーンと硬化剤を正確な比率で混合するために、スケールやメスシリンダーなどが必要です。
- 混合容器と攪拌ツール: 材料を混ぜ合わせるための容器と、気泡を巻き込みにくい形状の攪拌ツール(ヘラなど)が必要です。
- 真空脱泡器(推奨): 混合時に発生した気泡や材料に含まれるガスを取り除くための装置です。これを使用することで、気泡のない高品質な成形品が得られます。真空ポンプとチャンバーで構成されます。
- オーブン(任意): 加熱硬化に対応したシリコーンを使用する場合や、硬化時間を短縮したい場合に使用します。ただし、一般的な常温硬化シリコーンでも、設定温度に注意しないと物性が変化する可能性があります。
- その他: カッターナイフ、ハサミ、ピンセットなど、後処理やバリ取りに使用する基本的な工具。
シリコーンキャスティングの基本的な手順
基本的なシリコーンキャスティングの工程は以下の通りです。
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型の準備:
- 作成した型を清掃し、必要であれば離型剤を塗布します。離型剤は薄く均一に塗るのがコツです。
- 複数の部品で構成される型の場合は、正確に位置合わせして組み立てます。シリコーンが漏れ出さないように、しっかりと固定することも重要です。
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シリコーンと硬化剤の計量・混合:
- 使用するシリコーンの取扱説明書に従い、主剤と硬化剤を正確な比率で計量します。体積比と重量比があるため、どちらか指定された方で計量します。
- 計量した主剤と硬化剤を混合容器に入れ、気泡を巻き込まないようにゆっくりと、しかしムラなく完全に混ぜ合わせます。容器の底や側面に付着した材料もヘラでこそげ取りながら混ぜるようにします。混合が不十分だと、硬化不良の原因となります。
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脱泡:
- 混合したシリコーンを真空脱泡器のチャンバーに入れます。
- 真空ポンプを作動させ、チャンバー内を減圧します。材料中の気泡が膨張して液面に浮き上がり、破裂して消えていく様子が観察できます。
- 材料が大きく膨張した後、収縮して元のレベルに戻るまで真空を維持します。一般的に、このプロセスを数分間行います。材料の粘度や量によって時間は調整が必要です。
- ゆっくりとチャンバー内を大気圧に戻し、脱泡を完了します。
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型への流し込み:
- 脱泡が完了したシリコーンを、型の注入口からゆっくりと流し込みます。高い位置から勢いよく流し込むと、再び気泡を巻き込む原因となります。型の隅々まで材料が行き渡るように、型を傾けたり軽く振動させたりするのも有効です。
- 複雑な形状や細い部分がある型の場合は、先に少量だけ流し込み、気泡が入らないように材料を行き渡らせてから残りを流し込む「二段階注入」などの工夫が有効な場合があります。
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硬化:
- 材料を流し込んだ型を、水平で振動の少ない場所に静置します。
- 使用するシリコーンの指定された硬化時間、常温または必要に応じて指定された温度で硬化させます。硬化時間は材料の種類や室温によって変動します。
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型からの取り出し:
- シリコーンが完全に硬化したら、型を分解し、成形品を慎重に取り出します。無理に引っ張ると製品が破損する可能性があるため、型の構造を理解し、丁寧に作業を進めます。
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後処理:
- 型からはみ出した余分な部分(バリ)をカッターナイフやハサミで丁寧に切り取ります。
- 必要に応じて、表面の仕上げや洗浄を行います。
実践におけるヒントと注意点
- 材料の選定: 用途に適した硬さ、伸び率、耐久性、透明性を持つシリコーンを選びましょう。初めての場合は、比較的安価で入手しやすいものから試してみるのも良い方法です。
- 正確な計量: シリコーンの物性は混合比率に大きく依存します。必ず正確に計量してください。
- 丁寧な混合: 気泡を立てないようにゆっくりと混ぜることが重要です。混合不足も硬化不良を招きます。
- 脱泡の重要性: 気泡はソフトロボットの性能を著しく低下させます。真空脱泡器の使用を強く推奨します。真空脱泡器がない場合は、注射器で吸引したり、高い位置から細く流し込んだりするなどの代替手段もありますが、効果は限定的です。
- 型の設計と材料: シリコーンは非常に柔軟なため、アンダーカット(型から取り出す際に引っかかってしまう形状)があっても取り出しやすい場合がありますが、複雑すぎると型の分解や製品の破損につながります。また、型の材料がシリコーンと反応しないか事前に確認することも重要です。
- 環境温度: 硬化時間は環境温度に影響されます。推奨される温度範囲で作業しましょう。
まとめ
本記事では、ソフトロボットの基本的な製造手法であるシリコーンキャスティングについて解説しました。型を用いたキャスティングは、ソフトロボットの柔軟な形状を実現するための基礎となる技術であり、その原理と手順を理解することは、研究開発を進める上で非常に重要です。
今回紹介した内容はあくまで基本的な手法ですが、これを応用することで、複数のシリコーンを組み合わせたり、空気圧を通すためのチューブや電子部品などを内部に埋め込んだりするなど、より複雑で機能的なソフトロボットの身体を製造することが可能になります。
この情報が、これからソフトロボット開発を始める皆様の一歩を踏み出す助けとなれば幸いです。次はこの手法を用いて、簡単な空気圧アクチュエータの試作に挑戦してみてはいかがでしょうか。