ソフトロボットの移動機構入門:空気圧アクチュエータを用いた基礎的な実現方法
はじめに
ソフトロボットが備える柔軟性や順応性は、不整地での移動や狭隘な空間での活動など、従来の剛体ロボットでは難しかったタスクの実現を可能にします。特に移動機構は、ソフトロボットがその能力を最大限に発揮するために重要な要素の一つです。本稿では、ソフトロボットの移動機構に焦点を当て、その基本的な考え方と、比較的容易に実現可能な空気圧ソフトアクチュエータを用いた方法について解説します。これからソフトロボットの移動機構開発に取り組む研究者や技術者の皆様が、最初の一歩を踏み出すための一助となれば幸いです。
ソフトロボットにおける移動機構の重要性
ソフトロボットの移動機構は、その柔軟な身体構造を活かして多様な環境に対応する能力を担います。地面を這うように進む蠕動運動、物体を掴みながら移動するような協調的な動き、あるいは地形に合わせて形状を変化させながら乗り越えるなど、剛体ロボットの車輪や脚部とは異なる原理に基づいた移動が可能です。これらの移動は、災害現場の探索、農業分野での作業、医療分野での内視鏡型ロボットなど、様々な応用が期待されています。
空気圧ソフトアクチュエータを用いた移動の原理
ソフトロボットを駆動するアクチュエータには様々な種類がありますが、空気圧ソフトアクチュエータはその柔らかさ、比較的大きな変位や力を発生できる点、そして比較的容易に製作できることから、移動機構への応用が進んでいます。
空気圧ソフトアクチュエータの基本的な動作原理は、内部に加圧された空気を送り込むことで、アクチュエータの形状が変化することにあります。例えば、単純なチューブ状のアクチュエータであれば膨張し、片面に補強材を入れることで特定の方向に湾曲させることができます。この形状変化を複数組み合わせたり、時間的に制御したりすることで、推進力を生み出し移動を実現します。
基本的な移動パターンの例
ソフトロボットの移動パターンは多岐にわたりますが、空気圧アクチュエータで比較的容易に実現できるものとして、以下のようなパターンが挙げられます。
- 蠕動運動 (Peristalsis): ミミズや毛虫のように、体の特定の部位を膨張・収縮させながら波打つように進む方法です。複数の空気圧アクチュエータを体節のように配置し、順に動作させることで実現できます。
- クローラー型: 体の一部に突起(足や吸盤)を設け、アクチュエータの収縮・伸長を利用して体を前に引き寄せたり押し出したりする方法です。イモムシの移動などがこれにあたります。
- フィン型: アクチュエータの膨張・収縮による変形を利用して、水中や空中での推進力を得る方法です。
空気圧ソフトアクチュエータを用いた移動機構の設計要素
空気圧ソフトアクチュエータを用いて移動機構を設計する際には、以下の要素を考慮する必要があります。
- アクチュエータの形状と材質: どのような変形をさせたいかに応じて、アクチュエータの基本的な形状(チューブ型、ベローズ型、チャンバー型など)や、使用する柔軟な材料(シリコーン、ポリウレタンなど)を選定します。材料の硬度や伸長率は、アクチュエータの応答性や発生力に影響します。シリコーン材料については、「ソフトロボット開発のためのシリコーン材料基礎」などの記事も参考にしてください。
- アクチュエータの配置: 複数のアクチュエータをどのように配置し、体のどの部分に取り付けるかで、全体の移動パターンが決定されます。例えば、蠕動運動には直列に配置することが考えられます。
- 空気供給・制御システム: アクチュエータに空気を供給するためのポンプやエアコンプレッサー、空気の流れを制御するための電磁弁、そしてそれらを制御するマイコン(ArduinoやRaspberry Piなど)が必要です。空気圧システム全体の構築については、「ソフトロボットのための空気圧システム構築」や「ソフトロボットを駆動する空気圧制御の基礎」などの記事が参考になります。
- 構造設計: アクチュエータだけでなく、全体の骨格となる部分や、地面との接地部分の形状・材質も移動性能に大きく影響します。柔らかい構造とアクチュエータをどのように一体化させるかが重要です。
- 制御アルゴリズム: 各アクチュエータに送る空気圧や動作のタイミングをどのように制御するかによって、移動速度や安定性が変わります。シンプルなものでは、あらかじめ決められたシーケンスでアクチュエータをON/OFFするだけである程度の移動を実現できます。
簡単な試作例:チューブ型アクチュエータによる蠕動運動
最も基本的な空気圧ソフトアクチュエータの一つは、柔軟なチューブの一端を閉じ、他端から空気を送り込む構造です。このチューブに補強材を片面に貼り付けると、加圧時に補強されていない方向に湾曲するアクチュエータができます。
複数のこの湾曲型アクチュエータを直列に並べ、これを体節として蠕動運動を行うロボットを試作することが考えられます。
- 材料: 柔軟なシリコーンチューブ、シリコーン接着剤、補強用の布テープやプラスチックシート、空気チューブ、電磁弁、小型ポンプ(エアポンプ)、マイコン(例:Arduino Uno)。
- アクチュエータ製作: シリコーンチューブを適切な長さにカットし、一端をシリコーン接着剤などで完全に閉じます。反対側には空気チューブを接続するためのアダプタを取り付けます。チューブの片面に補強材を貼り付け、湾曲する方向を決めます。これを必要な体節数だけ作成します。
- ロボット構造: 作成した複数のアクチュエータを、ベースとなる柔軟なシートやフレームに取り付け、直列に連結します。
- 空気圧・制御システム構築: 各アクチュエータに対応する電磁弁を用意し、ポンプとアクチュエータの間に配管します。電磁弁の信号線をマイコンのデジタル出力ピンに接続します。ポンプは常時稼働させるか、別途リレーなどで制御します。
- プログラミング: マイコンにプログラムを書き込みます。例えば、4つのアクチュエータがある場合、以下の順序でバルブを開閉し、アクチュエータをON/OFFすることで蠕動運動を実現できます。
- アクチュエータ1 ON → 2 ON → 3 ON → 4 ON (前方部の固定・伸長)
- アクチュエータ1 OFF → 2 OFF → 3 OFF → 4 OFF (後方部の収縮・引き寄せ)
- これを繰り返すことで前進します。ON/OFFのタイミングやアクチュエータにかける圧力の調整が移動速度や滑らかさに影響します。プログラミングの基礎については、「ソフトロボット開発におけるプログラミングの基礎」などの記事も参考にしてください。
この基本的な試作は、空気圧ソフトロボットによる移動の原理を理解する上で非常に有効です。
まとめと次のステップ
本稿では、ソフトロボットの移動機構の基礎として、空気圧ソフトアクチュエータを用いた簡単な実現方法について解説しました。空気圧アクチュエータの柔軟性と多様な変形能力は、従来のロボットにはないユニークな移動パターンを可能にします。
簡単なチューブ型アクチュエータを用いた試作例を通じて、基本的な設計要素と製作のステップを示しました。ここからさらに発展させるためには、以下のようなステップが考えられます。
- アクチュエータの改良: より複雑な形状や特性を持つアクチュエータ(例:Pneu-Net、McKibben型など)の設計・製作を試みる。
- 制御の高度化: センサー(例:変形センサー、 IMU)を組み込み、フィードバック制御を行うことで、より安定した、あるいは環境に適応した移動を実現する。
- シミュレーション活用: 有限要素法(FEM)などのシミュレーションツールを用いて、アクチュエータの変形や全体の挙動を事前に予測・検証する。
- 他の移動パターンの検討: 蠕動運動以外の移動パターン(クローラー型、把持移動など)や、水中・空中での移動への応用を検討する。
ソフトロボットの移動機構の研究開発は、まだまだ探求の余地が多く残されています。本稿が、皆様の研究開発の出発点となり、新たな発見や発明につながることを願っています。