柔らかさをデザインする:異なる材料を組み合わせたソフトロボット設計の基礎と考え方
ソフトロボット開発において、材料の選定は極めて重要な要素の一つです。特に、単一の材料だけでなく、異なる柔らかさを持つ複数の材料を組み合わせる「多材料設計」は、ソフトロボットの機能性や性能を飛躍的に向上させるための鍵となります。本稿では、この多材料設計の基礎と考え方について解説いたします。
ソフトロボット設計における多材料活用の必要性
ソフトロボットは、その名の通り、柔軟性や順応性に富む材料で構成されます。しかし、意図した変形や力発生、あるいは特定のタスクを効率的に実行するためには、一様に柔らかいだけでは不十分な場合があります。例えば、以下のような状況が考えられます。
- 特定の部位のみを柔軟にしたい: ある関節は大きく曲がる必要があるが、別の部分は力を伝達するために剛性が必要な場合。
- 座屈や不要な変形を防ぎたい: 柔らかい構造全体が意図しない方向へ変形するのを抑制したい場合。
- 力の伝達や保持を行いたい: 柔らかい手先で物体を優しく掴むために、力の加わり方を調整したい場合。
- センシングや制御要素を統合したい: 柔軟な本体に、比較的硬いセンサーや配線、制御回路などを組み込む必要がある場合。
このように、ソフトロボットに求められる多様な機能を実現するためには、柔らかい材料と硬い材料、あるいは異なる柔らかさを持つ材料を効果的に組み合わせる多材料設計が不可欠となります。
異なる柔らかさを持つ材料の種類と特徴
ソフトロボットで用いられる材料は多岐にわたりますが、ここでは「柔らかさ」という観点からいくつかの例を挙げます。
- 非常に柔らかい材料:
- シリコーンゴム(低硬度): 非常に柔らかく、大きな変形が可能です。生体適合性が高いものもあります。PDMS(ポリジメチルシロキサン)などが代表的です。
- エラストマー(TPEなど): 熱可塑性のエラストマーで、比較的柔らかく、成形しやすいものがあります。
- ゲル: 高い水分含有量を持つ材料で、非常に柔らかく、応答性を持つもの(例:ハイドロゲル)もあります。
- 比較的硬い(しかし柔軟性もある)材料:
- シリコーンゴム(高硬度): 低硬度のものより剛性が高く、構造部材として利用されることがあります。
- TPU(熱可塑性ポリウレタン): 弾力性と耐久性に優れ、3Dプリンティングにもよく用いられます。
- ゴム: 天然ゴムや合成ゴムなど、様々な種類があり、高い弾性率と強度を持つものがあります。
- 硬い構造材料:
- プラスチック(PLA, ABSなど): 一般的な構造部材として、特定の形状を保持したり、力の入力部・出力部を形成したりするのに使用されます。3Dプリンティングで容易に加工できます。
- 金属: 特定の関節や連結部など、高い剛性や強度が必要な箇所に限定的に用いられることがあります。
これらの材料を単層または積層構造として組み合わせることで、材料単体では得られない複雑な機械的特性を持つ構造体を設計することが可能になります。
多材料設計の基本的な考え方
異なる材料を組み合わせる際の基本的な考え方は、それぞれの材料の特性を最大限に活かし、構造全体の望ましい応答を引き出すことにあります。
- 機能分離による設計:
- 構造全体を、アクチュエータ部、構造支持部、把持部、センシング部など、機能ごとに分離して設計します。
- 例えば、空気圧で膨張・収縮するアクチュエータ部分は非常に柔らかい材料で、その変形方向をガイドする部分は比較的硬い材料で構成するなどです。PneuNetアクチュエータはその典型例であり、柔らかいチャンバー部分と、チャンバーの拡張を特定の方向(例:曲げ)に制限する拘束層(より硬い材料や伸びにくい布など)を組み合わせています。
- 応力集中と座屈の制御:
- 柔らかい材料は大きな変形が可能ですが、特定の箇所に応力が集中したり、力が加わった際に全体が座屈したりしやすい性質があります。
- より硬い材料や構造体を補強材として組み込むことで、応力集中を緩和したり、座屈を抑制したりし、構造の安定性を向上させることができます。
- 特定の変形モードの誘導:
- 材料の配置や形状によって、構造体の変形モード(曲げ、ねじり、伸長など)を意図的に誘導できます。
- 例えば、片面だけが柔らかい材料で、もう片面が硬い材料で構成されたシート構造に圧力をかけると、柔らかい側が膨張し、硬い側が抑制されることでシートが曲がるような変形が生まれます。これはバイメタルやバイモルフ構造の考え方に似ています。
- 界面の設計と課題:
- 異なる材料を組み合わせる上で最も重要な課題の一つが、材料間の界面の設計と接合です。
- 材料同士の接着性、熱膨張率の違い、機械的強度の違いなどが、剥離や亀裂の原因となることがあります。
- 良好な接着を得るための表面処理、適切な接着剤の選定、構造的な工夫(例:インターロッキング構造、積層構造の最適化)が必要となります。
具体的な多材料設計の例
- 空気圧駆動ソフトアクチュエータ(PneuNet型): 柔らかいシリコーンゴムなどで形成された空気圧チャンバーと、その一方または複数の面に配置された拘束層(伸びにくい布、より硬いシリコーン層など)を組み合わせます。空気圧を加えると、チャンバーは全方向に膨張しようとしますが、拘束層がある面は膨張が抑えられ、結果として拘束層のない方向へ構造全体が大きく曲がります。
- 補強材を埋め込んだソフト構造: 柔らかいエラストマー中に、比較的硬い繊維や粒子、あるいは格子状の構造体(プラスチックなど)を埋め込むことで、柔らかさを保ちつつ、特定の方向への剛性を向上させたり、特定の箇所への応力集中を防いだりします。これにより、より大きな力を伝達できるソフトグリッパーなどを実現できます。
- 異なる硬度のシリコーンの積層: 硬さの異なるシリコーンを層状に重ねて一体成形することで、グラデーション状の柔らかさを持つ構造や、特定の機能(例:パッシブな弾性ヒンジ、力の吸収層)を持つ構造を作成できます。
設計ツールと製作の留意点
多材料設計を行う際には、材料の選定だけでなく、その形状設計や製造方法も重要です。
- シミュレーションツールの活用: 有限要素法(FEM)などのシミュレーションツールを用いることで、異なる材料を組み合わせた構造体に力が加わった際の変形や応力分布を予測し、設計の妥当性を検証できます。柔らかい材料を扱うための非線形解析に対応したツールが必要です。
- 製造方法:
- キャスティング(鋳造): 型を用いて液状の材料を流し込み、固める方法です。複数の材料を順に流し込んだり、あらかじめ作成した構造体を型の中に配置してから別の材料を流し込んだりすることで、一体成形が可能です。
- 3Dプリンティング: 複数の材料を同時に扱うことができるマルチマテリアル3Dプリンターを用いると、複雑な多材料構造を比較的容易に製造できます。材料の種類に制約がある場合があります。
- 接着・接合: 別々に製作した部品を、適切な接着剤や機械的な固定方法を用いて接合します。材料間の相性や表面処理が重要です。
これらのツールや製造方法を理解し、目的に応じて使い分けることが、多材料設計を成功させる鍵となります。
まとめ
ソフトロボット開発における多材料設計は、材料単体では実現困難な多様な機能や性能を引き出すための基本的なアプローチです。異なる柔らかさを持つ材料を組み合わせることで、構造の機能分離、応力制御、特定の変形モードの誘導などが可能となります。
この分野の研究開発を始めるにあたっては、まず代表的なソフトマテリアル(特にシリコーンなど)の基本的な特性を理解し、簡単な空気圧アクチュエータなどで材料を組み合わせる基本的な製作方法(キャスティング、簡単な接着など)を実践してみることが推奨されます。さらに、構造力学や材料力学の基礎的な考え方、特に柔らかい材料特有の挙動(非線形性、粘弾性など)に関する知識を深めることが、より高度な設計に進む上で役立ちます。
多材料設計はソフトロボットの可能性を広げる重要な技術であり、今後も様々な新しい材料や製造技術の登場により、その設計の自由度はさらに増していくと考えられます。