ソフトロボットを動かす:主要なソフトアクチュエータの種類と基本原理
はじめに
ソフトロボットは、従来の剛体ロボットとは異なり、柔軟な材料を用いて構築されるロボットです。その柔軟性から、複雑な環境への適応、人間や生物との安全な相互作用、繊細な対象物の操作などが可能となります。このソフトロボットの多様でしなやかな動きを実現するために不可欠な要素が、「ソフトアクチュエータ」です。アクチュエータは、ロボットの「筋肉」に相当し、エネルギーを運動や変形に変換する役割を担います。本稿では、ソフトロボットの研究・開発を始めるにあたり、まず理解しておきたい主要なソフトアクチュエータの種類と、それぞれの基本的な動作原理について解説します。
ソフトアクチュエータとは
一般的なロボットのアクチュエータとして、電動モータや油圧シリンダなどがあります。これらは主に回転や直線運動といった剛体的な動きを生み出します。一方、ソフトアクチュエータは、材料自体の変形や構造の変化を利用して、柔軟で連続的な動きや形状変化を実現します。剛体部品や可動ジョイントを最小限に抑えることで、ソフトロボット特有のしなやかさ、安全性、環境適応性が生まれます。ソフトアクチュエータには様々な種類があり、それぞれ異なるエネルギー源や動作原理に基づいています。
主要なソフトアクチュエータの種類と基本原理
ソフトロボット研究で広く用いられている主要なソフトアクチュエータをいくつかご紹介します。
1. 圧空駆動アクチュエータ (Pneumatic Actuators)
空気圧を利用してゴム状の構造を変形させるアクチュエータです。比較的簡単な構造で大きな変位や力を得られるため、多くのソフトロボットで採用されています。代表的なものに、PneuNet(Pneumatic Network)アクチュエータがあります。これは、柔軟なチューブ状の構造内に空気室が配置されており、空気圧を加えることで特定の方向に膨張・屈曲するものです。
- 基本原理: 内部に空気を注入することで、壁面の応力分布が変化し、構造全体が変形します。形状や材料の非対称性を利用して、特定の方向への屈曲、伸長、または収縮を実現します。
- 特徴: 大きな変形量、比較的大きな力、構造が単純、製造が容易、応答性が比較的高い。
- 応用例: ソフトグリッパー、ソフトアーム、歩行ロボットの脚部など。
2. 誘電エラストマーアクチュエータ (Dielectric Elastomer Actuators, DEA)
「人工筋肉」とも呼ばれるスマートマテリアルを用いたアクチュエータの一つです。柔軟な高分子材料であるエラストマーフィルムを上下から電極で挟んだ構造をしています。電極間に電圧を印加することでエラストマーが変形します。
- 基本原理: 電極間に電圧を印加すると、静電引力により電極が引き合い、その間に挟まれたエラストマーが厚さ方向に収縮し、面積方向に膨張します。この変形を利用して、様々な動作を実現します。
- 特徴: 応答速度が非常に速い、高いエネルギー密度、静音性、高い効率、高い柔軟性と軽量性。ただし、比較的高電圧が必要です。
- 応用例: 触覚ディスプレイ、マイクロロボット、生体模倣ロボット、発電デバイスなど。
3. 形状記憶合金 (Shape Memory Alloys, SMA) アクチュエータ
特定の温度で形状が変化する特性(形状記憶効果)を持つ合金を利用したアクチュエータです。一般的には細いワイヤ状やバネ状で用いられます。
- 基本原理: SMAは、低温でのマルテンサイト相と高温でのオーステナイト相という二つの結晶構造を持っています。低温で変形させたSMAを加熱し、オーステナイト相に変態させることで、元の形状に戻ろうとする力が発生します。この力を利用してアクチュエーションを行います。冷却することで再び低温の相に戻り、変形可能な状態になります。
- 特徴: 小型・軽量で大きな力を発生可能、単純な電気加熱で駆動可能、静音。ただし、応答速度は比較的遅く、エネルギー効率は低い場合があります。
- 応用例: 医療用カテーテル、マイクロバルブ、航空宇宙分野のアクチュエータ、ソフトグリッパーなど。
4. ポリマーアクチュエータ(高分子アクチュエータ)
様々な種類の機能性高分子材料がアクチュエータとして研究されています。外部刺激(電場、pH、温度、光など)に応答して膨潤や収縮といった体積変化を起こすゲルや、電気的に酸化還元することで体積や形状が変化する導電性ポリマーなどが含まれます。
- 基本原理: 材料の種類により異なりますが、例えば導電性ポリマーは、電解質溶液中で酸化・還元反応を起こす際にイオンが材料に出入りし、これに伴って体積や形状が変化します。ゲルは、特定の溶媒や温度環境下で分子ネットワークの膨潤度合いが変化することで体積が変わります。
- 特徴: 多様な刺激に応答可能、生体適合性の高い材料も存在、小型化が可能。ただし、多くの場合、応答速度が遅く、発生する力や変位が小さい傾向があります。
- 応用例: ドラッグデリバリーシステム、マイクロ流体デバイス、化学センサー、生体模倣ロボットなど。
アクチュエータ選定のポイント
ソフトロボットを設計・開発する際には、実現したい機能や動作、求められる性能(力、速度、変位量、応答性、エネルギー効率)、利用可能なエネルギー源(空気圧、電力、熱、化学物質など)、コスト、製造の容易さ、環境条件などを総合的に考慮して、最適なソフトアクチュエータを選択することが重要です。単一のアクチュエータだけでなく、複数の種類を組み合わせることで、より複雑で高度な機能を実現する研究も盛んに行われています。
まとめ
本稿では、ソフトロボットにおけるアクチュエータの役割と、主要なソフトアクチュエータの種類(圧空駆動、DEA、SMA、ポリマーアクチュエータ)およびその基本原理について解説しました。ソフトアクチュエータはソフトロボットの性能を決定づける重要な要素であり、その多様な種類と特性を理解することは、ソフトロボットの研究・開発を進める上で非常に重要です。今回紹介したアクチュエータ以外にも、様々な原理に基づくソフトアクチュエータが研究されています。自身の研究テーマや開発目標に合わせて、これらの基礎知識を土台に、さらに深い情報を探求していくことをお勧めします。