身近な素材と簡単な道具で実現する空気圧ソフトアクチュエータ製作と駆動システム構築入門
ソフトロボットの研究・開発に初めて取り組む際、どのような材料を選び、どのように製作し、そしてどのように動かせば良いのか、といった疑問を抱えることは少なくありません。特に、専門的な材料や高価な装置がないと始められないのではないか、と感じる方もいるかもしれません。
しかし、ソフトロボットの基本的な原理を理解し、実際に動くものを作成する第一歩は、必ずしも特別な環境を必要としません。身近にある素材や簡単な道具を活用することから始めることが可能です。
本記事では、ソフトロボットの主要な要素であるアクチュエータの中でも、比較的容易に製作できる空気圧ソフトアクチュエータに焦点を当て、身近な素材と道具を用いた基本的な製作方法、およびそれを駆動するためのシンプルなシステム構築の考え方について解説します。
ソフトアクチュエータと空気圧駆動の基礎
ソフトロボットは、その名の通り柔軟な材料で作られており、内部への流体(空気や液体)の注入、ワイヤの牽引、熱による形状変化など、様々な方法で変形・駆動されます。中でも空気圧による駆動は、比較的大きな変形を柔らかく実現しやすく、システム構成も理解しやすいことから、多くのソフトロボットで用いられています。
空気圧ソフトアクチュエータの基本的な原理は、柔軟な容器やチューブに空気を注入することで、その内部圧力が増加し、材料の弾性によって特定の形状に変形するというものです。例えば、風船のように全体が膨張したり、片側が伸びにくい構造にすることで特定の方向に曲がったりといった変形が実現できます。
身近な素材と道具でアクチュエータを作る
特別なシリコーン材料や鋳型を用意することなく、身近な素材と簡単な道具でも、基本的な空気圧ソフトアクチュエータの構造を作成することが可能です。
必要な素材の例:
- 柔軟なシート状素材: 薄手のゴムシート、ラテックス手袋、風船の破片、丈夫なビニール袋など
- 接着・補強材: シリコーンシーラント(ホームセンターで入手可能)、強力な両面テープ、ゴム系接着剤
- チューブ・配管材: ストロー、点滴チューブ(医療用以外)、熱収縮チューブ、ビニールチューブなど
- 空気注入部材: 注射器(針なし)、自転車のチューブ補修キットのバルブ部分など
必要な道具の例:
- ハサミ、カッターナイフ
- 定規
- ピンセット(細かい作業用)
- 接着剤塗布用のヘラや棒
- ドライヤー(熱収縮チューブ使用時など)
簡単な製作例(チューブ型アクチュエータ):
- 柔軟なチューブ(例: 細いゴムチューブ)を用意します。
- チューブの一端を完全に封鎖します。これは、チューブを折り返して接着したり、適切な栓を差し込んだり、シリコーンシーラントで充填・硬化させたりする方法が考えられます。空気漏れがないようにしっかりと封鎖することが重要です。
- もう一端に、空気を注入するための接続部を取り付けます。チューブの内径に合うストローや硬質チューブを差し込み、その周囲をシリコーンシーラントや接着剤で固定します。この接続部も空気漏れを防ぐようにしっかりと取り付けます。
- アクチュエータに特定の変形(例: 曲げ)をさせたい場合は、チューブの片側に伸びにくい材料(例: 布テープ、厚手の両面テープなど)を貼り付けます。これにより、空気を注入した際に、貼り付けた側とは反対側がより大きく伸び、チューブ全体が貼り付けた側に曲がるようになります。
- 接着剤やシーラントが完全に硬化するまで十分に時間を置きます。
この他にも、シート状の素材を貼り合わせて内部に空間を作る方法や、風船を変形させて補強する方法など、様々な構造が身近な素材で実現可能です。製作においては、素材の選定、空気漏れのない確実な接着、そして意図した変形を実現するための構造設計が鍵となります。
簡単な駆動システムを構築する
製作したソフトアクチュエータを実際に動かすためには、空気圧を供給し、それを制御するシステムが必要です。ここでも、まずは簡単な構成から始めることができます。
駆動システムの主要コンポーネント:
- 空気源: アクチュエータに空気を供給します。
- バルブ: 空気源からの供給をON/OFFしたり、流量や圧力を調整したりします。
- チューブ・フィッティング: 空気源、バルブ、アクチュエータ間を接続します。
身近な空気源の例:
- 手動: 大型注射器、自転車用空気入れ。圧力や流量を細かく制御することは難しいですが、アクチュエータの基本的な動作確認には十分です。
- 電動(簡易): 安価な小型ポンプ(例: 観賞魚用エアポンプ)。ただし、ソフトロボットに必要な圧力(数十kPa〜数百kPa程度)が得られるか確認が必要です。
- 電動(本格): 小型エアコンプレッサー(模型用やDIY用など)。比較的安定した圧力を供給できます。
簡単なバルブ・制御の例:
- 手動: チューブを指でつまむ、簡単なコック弁。最もシンプルですが、定量的な制御は困難です。
- 電気制御(ON/OFF): 小型電磁弁(ソレノイドバルブ)。電気信号で開閉を制御できます。マイコン(例: Arduinoなど)と組み合わせることで、プログラミングによるON/OFF制御が可能になります。
簡単な駆動システムの接続例:
最も基本的なシステムは、「空気源 → チューブ → バルブ → チューブ → アクチュエータ」という構成です。
- 注射器を手動で押す場合は、バルブを介さず直接チューブでアクチュエータに接続し、押す強さで圧力を調整することになります。
- 電磁弁を使用する場合は、空気源とアクチュエータの間に電磁弁を接続します。電磁弁の制御端子をマイコンのデジタル出力ピンなどに接続し、プログラムから信号を送ることで電磁弁を開閉し、アクチュエータへの空気供給をON/OFFします。
マイコンを用いた制御では、アクチュエータをON/OFFするだけでなく、電磁弁を高速で開閉する(PWM制御の概念応用)ことで、流量を疑似的に調整し、アクチュエータの変形速度を制御するといった発展的な試みも可能になります。
簡単な実験と評価の第一歩
製作・構築したシステムでアクチュエータを駆動させたら、その動作を確認し、簡単な評価を行ってみましょう。
- 動作確認: 空気を注入してみて、アクチュエータが意図した通りに変形するかを確認します。空気漏れがないか、異音はしないかなども観察します。
- 変形量の測定: 注射器で注入する空気量を変えたり、コンプレッサーとレギュレーターで圧力を調整したりしながら、アクチュエータの変形量を測定します。例えば、曲がるアクチュエータであれば曲がる角度や先端の移動距離を、伸びるアクチュエータであれば伸びた長さを定規などで測定します。
- 応答速度の測定: バルブを開けてからアクチュエータが完全に変形するまでにかかる時間などをストップウォッチで測ることで、簡単な応答速度の評価ができます。
これらの簡単な実験を通じて、製作したアクチュエータの基本的な特性を把握し、設計や製作方法の改善点を見つけることができます。
まとめと次のステップ
身近な素材と簡単な道具を用いたソフトアクチュエータの製作、およびそれを駆動するための基礎的な空気圧システム構築は、ソフトロボット開発の原理を実践的に学ぶための有効な第一歩となります。
この経験は、より専門的な材料や技術を用いたアクチュエータ製作、複雑な形状のアクチュエータ設計、圧力センサーや変位センサーを用いたフィードバック制御、複数のアクチュエータを協調させるシステム制御など、さらに高度な研究・開発へと繋がる基礎となります。
今回ご紹介した内容はあくまで入門的なアプローチですが、実際に手を動かして「作る」「動かす」「測る」という一連のプロセスを経験することで、教科書や論文だけでは得られない多くの知見と発見があるはずです。ぜひ、身近なところからソフトロボット開発を始めてみてください。